前回のブログで書いた「病気を友人に伝えるべきか」というテーマ。
今日は、その続きとして、私がどんな選択をしたのかをお話しします。
私の場合、普段からよく遊んでいたり、長年付き合いのある友人たちには、病気のことを連絡しました。
理由はシンプルです。白血病という“がん”である以上、命を落とす可能性がゼロではない。
もし万が一のことがあったとき、突然「訃報」という形で友人に知らせが届いたら…と考えたからです。
きっと私の友人なら、
「お見舞いに行って励ましたかったのに」
「せめて声をかけたかった」
そう思ってくれるはず。
逆に、
「なぜ教えてくれなかったの?」
「どうして一人で闘ったの?」
そんな風に言われるだろうとも思いました。
実際、私の周囲には「力になれることは限られていても、少しでも支えたかった」という人が多いのです。
こう考える背景には、私自身の過去の経験があります。
20代の頃、高校時代の友人を子宮頸がんで亡くしました。彼女は私が主催するイベントを手伝ってくれる仲間でもあり、病気のことも本人から直接聞いていました。
初めて打ち明けられたときはショックでしたが、同時に「彼女に負担をかけずに、自分にできることは何だろう」と考えました。女性なので、病院に押しかけることはせず、経過観察中に差し入れをしたり、手紙を送ったり、体に無理のない範囲で数回会いに行きました。
やり取りは続きましたが、最後にかかってきた電話は、彼女本人の名前で表示されたものの、出たのはお姉さんでした。
そのとき、彼女が息を引き取ったことを知らされました。
「最後に会いたかった」
そう思った一方で、きっと最期の頃はとても人と会える状態ではなかったはずです。癌は、体にも心にも大きな負担を与えます。
それでも、「もっと何かできなかったのか」と自問しましたし、もし何も知らされないまま訃報だけを受け取っていたら、きっと「どうして…」という悔しさだけが残ったと思います。
彼女と過ごせた時間、直接言葉を交わせた瞬間は、今も私にとって大切な思い出です。
お通夜の場でも、参列者からは
「最後に会いたかった」
「教えてくれていたら支えられたのに」
そんな声が聞こえました。
もちろん、病気の種類や本人の想いによって、友人に伝えるかどうかは人それぞれです。特にがんの場合、副作用で外見や体調が大きく変わることもありますし、「そんな姿を見せたくない」と考える人も少なくありません。特に女性ならなおさらです。
それでも、私の場合は、友人たちに「伝えて良かった」と思っています。
友人たちは、たくさんのメッセージやお守り、励ましの動画を送ってくれました。
それらは私の治療の大きな原動力になり、「絶対に治す」という決意をさらに強くしてくれました。
自分のためはもちろん、待っていてくれる友人たちのためにも——私は闘おうと心に決めたのです。
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