これまでのブログで、さまざまな闘病仲間との出会いについてお話ししてきました。多くの人々と共に過ごし、支え合い、時には励まし合ってきました。その中でも、特に印象深い3人の仲間との絆は、今でも私の心に深く刻まれています。
私が入院していた病院で出会ったこの3人の仲間は、偶然にも私と同じ年齢の男性と、少し年下の女性でした。最初は、同じ病気を抱えているにも関わらず、なかなか声をかけることができませんでした。同じように病気と闘う患者同士でも、年齢が近いとどうしても「相手がどう思っているか」「声をかけて良いのだろうか」と気になってしまいます。特に、病室という閉ざされた空間で、患者同士がどのように関わるべきかを悩むのは当然です。
私自身、もともと積極的に声をかけていくタイプですが、闘病環境ということもあり、最初は声をかける状況を慎重に見極めていました。人間の心理は、同じ趣味だったり、何か同じ取組を一緒にやっている時の方が相手の懐に入りやすかったりします。例えば、闘病中であれば同じタイミングでエアロバイクをしたり、デイルームでくつろいだりしている時。そのため、そういった「今は声をかけても大丈夫だろう」と思った瞬間を見極めて、一歩踏み出してみました。それがきっかけで、だんだんとお互いに心を開いていきました。
私のほうから声をかけたことで、少しずつですが会話が始まりました。やがて、お互いに治療に対する不安や苦しみを共有するようになり、同じ病気に苦しむ者同士で共感し合うようになったのです。特に、私以外の2人は移植治療を受けることもあって、日々の辛さや体調の変化、副作用、GVHDなど、悩みや不安を、深いレベルで聞いてあげたり、私も聞いてもらったりと、お互いが励まし合うような会話ができるようになっていきました。
誰かしらが、一時退院を迎えた際、病棟を離れるその瞬間には、笑顔でお互いを見送ることができました。その時の「またね」という言葉は、ただの別れではなく、次に会う日を楽しみにしているという約束のようにも感じました。退院後も私たちの友情は続き、治療が終わった後もお互いに連絡を取り合い、励まし合っています。
闘病生活の中で出会ったこの3人の仲間は、私の人生においてかけがえのない存在です。病院という閉ざされた環境の中で、毎日を過ごしていく中での「共感」や「理解」を共有できる存在がいることは、精神的に非常に大きな支えとなりました。治療中に辛いことがあっても、心を通わせる仲間がいることで、心の支えができ、前向きに治療を続けることができたのだと思います。
また、私にとってこの3人の仲間は、病気を通じてできた一生の友人です。これから先、絆は永遠に続いていくと確信しています。治療がどれほど厳しくても、それを乗り越えた先に得られる絆こそが、最も大切な宝物だと思います。
病気になったからこそ出会えた仲間たち、その絆は一生の財産です。闘病生活の中では、困難な時期も多かったけれど、それ以上に人との絆を深めることができたのは、私にとって最高の収穫でした。治療がつらい時期でも、支え合う仲間がいることで、何度も乗り越えてこれました。この友情こそ、闘病生活を乗り越える力となったのです。
治療は厳しいですが、それでも確かな絆が私たちを支えてくれる。これからも、この友情を大切にしながら、前向きに歩んでいきたいと思います。
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